感情に従えば正しく生きられるのか

基本的に人間は本能に従う。例えば、苦いというものは本能的に避ける。赤ちゃんは苦いものは食べない。自然界では、苦いものには毒が含まれている可能性が高いからである。これは長い進化のうえで生物が得たもの。苦いものは避けるというものは本能で、その結果起こることは大体正しい。

そして、これが人間になると、感情というものが生まれてくる。生物の本能と同様に、それに大体人間は従う。本能と同じようにそれは大体正しいこと、あっていることだから。進化の究極といえるかもしれない。嫌いなものは避けたり、何とかしてその問題を解決しようとする。逆に好きなものには近づいたり、自分の中に取り込んだりする。十分取り込めば、もういいという感じになる。感情に従えば、だいたいは正しく人は生きることができる。

痛み

痛みとは、悪いことだと考えがちだが、あながちそうではない。慢性的な持続的な、もうどうしようもない痛みは辛いことだが、体の異変、ちょっとした痛み、早期の痛みというものは、大変重要なもので、体から感じられるとても大切なシグナルなのである。

この痛みというものに、人はもっと注意を払うべきです。痛みには原因があります。その痛みの原因をはっきりさせること。それが生活を営む上で重要で、痛みがあれば、その原因を早期に突き止め、対処していく。あるいは、自分の中で、その痛みの原因をきちんと整理していく。これが健康な生活を営む上で、最も簡単で、かつ、自然で基本的なことです。

痛みはほっておくと、麻痺してしまいます。脳が痛みを和らげるように働き、余り痛みを感じなくなってしまう。しかし、痛みの原因というものは依然そこにあり、何も変わっていない。このようなことが積み重なっていくことで、本来はありえないほどの痛みがあるはずなのに、本人、つまり脳は痛みを感じることができない状況になってしまう。体の悪い所(患部)が進行しても、本人はもう気づかなくなってしまう。このような小さな痛みを見過ごすことで、人間は不健康になっていく。そういう面があると思います。なので、痛みに気づいたら、放っておくのではなく、その原因をはっきりさせ、対処することが必要です。

知らないことの重要性

情報化社会の現在、インターネットで情報が簡単に手に入る時代、知らないということはとても重要な事です。

知らないということは、知ろうとする意識が未だあるということです。つまりは興味や好奇心がある状態で、知ってしまってからではそれらは薄れてしまいます。

子供はあまり物事を知りません。でも大人よりはイキイキしているようにみえます。幸せそうにみえます。それは知らないからです。知らないから未来がある。知らないから興味がある。知らないからワクワクするんです。

つまり、単に物事を知ればいいってことではないのです。物事を知るには順番があります。

また、オリジナリティーの問題もあります。自分というものを保つために知らない。情報化社会で生きる知恵とも言えます。余計な知識を頭の中に入れないこと。必要ない知識はいらない。情報が拡散してしまうため。収束しないといけない。この情報化社会においては、収束こそが一番大事なことであります。収束してこそ人は幸せになれると思います。

そして、知らないことが人間関係の形成に如何に重要であるかということ。知らないから教えてあげる、知らないから助けてあげる、知らない、あるいは気付かないということが、人を動かし、そして、よい人間関係が生まれるきっかけになります。

知らないということは何も恥ずかしいことではなく、むしろ価値があることです。

余計なことを知らない。情報化社会を生きる上で、自分を保つ上で、とても重要な事です。